バリアフリー思想を考える

昨今、駅にもエレベータが設置されることが多くなり、小さな階段や段差にもスロープをつけることで、主に身体障害者、特に車椅子で移動される方々に不自由をかけないようにという配慮がなされるようになっています。

特に、公共施設のバリアフリー化は、何でも福祉福祉の現代にあっては時代の潮流と言えましょう。

それ自体は非常に望ましいことですし、身体障害者の方だけでなく、社会がマイノリティに対する配慮へと動き出していることは本当に素晴らしいことだと思います。

しかし、その方向性こそ絶対的な善であるという錯誤の下に、置き去りにされている重要な問題に私は注意を引き付けたいと思います。

それは、バリアフリー化の進行が、少数の障害者の利便と行動の自由の拡大に貢献している反面、大多数を占める健常者の体力を著しく奪っているという事実についてです。

小さな段差のスロープ程度なら兎も角、エレベータやエスカレータ(これはバリアフリーとは言えませんが)により、私達、特に都会人の体力は驚くほどに低下しています。

運動不足を解消するために、あえて階段で昇降を行うという奇特な人もいますが、それは圧倒的に少数派で、それらの発明が、元々「楽したい」という願望によって成されてきた以上、私達がそれに頼り切るようになったのは必然と言えるでしょう。

また、最近老人福祉施設などで普及している骨無しに加工した魚類も大きな問題をはらんでいます。

満足に食事ができないような状態の人にのみ必要であるこれらの食品を、「骨が刺さると危ないから」という理由で、子どもに食べさせるのは、その子の将来に悪影響を及ぼす可能性があることを知らなくてはなりません。

箸を扱う手先の器用さを養うことは、脳の発達にも影響を与えますし、何らかの技術を習得するにおいても、箸使いのような簡単なものから始めて上達させていくのが基本になりますから、器用に魚の身を取って食べるという事それ自体が大変有意義な学習であるとも言えるのです。

また、柔らかいものを食べていると、どうしても咀嚼が疎かになりがちで、これも顎の発達に悪影響を及ぼし、歯列弓における不整合の原因にもなります。

現代の食卓に並ぶ普通の食事さえ、十分に顎を発達させるには既に問題のある内容になってしまっています。

バリアフリー化の流れは歓迎すべきですが、上記のような諸問題に如何に対応するかという事は全く議論されていないように思えます。

啓蒙活動には土台限界がある訳で、私も有効な対策を思いつきませんが、是非皆さんもこの問題について考えて頂きたいところです。

2007/04/22

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