本草書を読もう

先に少しだけ、中国の本草書について書きましたが、漢方の勉強をしたい人は当然として、食養生を研究したい人にも、本草学の勉強は非常に有益です。

西洋には、紀元一世紀の成立とされるディオスコリデスの『ギリシア本草』があり、中国では最古の本草書として炎帝神農氏の作とされる『神農本草経』をはじめ、多くの本草学に関する書物が著されましたが、網羅性という点では何と言っても明代の高名な本草家・李時珍(1518年 - 1593年)が27年という歳月を掛けて完成させた『本草綱目』がずば抜けた網羅性を誇ります。

私自身は、所属する漢方の勉強会においてテキストとして用いている曲直瀬道三著『薬性能毒』をよく引きますが、これは薬の原料を扱ったものですので、食養生を勉強したい人には名古屋玄医の『食物本草』が、食材中心の解説となっていて、とても便利です。

さて、表題に“本草書を読もう”と書きましたが、これを健康食品のコーナーで紹介するのには訳があって、本草書の勉強をするとイカガワシイ健康食品に騙される危険がグッと減るからなのです。

もっとも、健康食品も“食品”と名が付く以上、食養生の延長線上で捉えられるべきとも言えますが、ひたむきな苦行的ムードが伴う食養生のコーナーで紹介するより、本コーナーでご紹介する方が、悪意に満ちた健康食品に騙されない為にも有益であろうと考えたからです。

たとえば、「炭」や「木酢液」を用いた治療が東洋医学の治療法として存在するというデマが一部では垂れ流されていますが、本草書を紐解けば、何処にも記述が無いことがわかりますし、最強の網羅性を誇る『本草綱目』に記載が無いものは、東洋医学では用いられていないと判断してよいと思います。

健康食品の権威付けの為に、本草書を利用する不届きな輩の詐術も、実際に本草書に目を通せば、そのインチキ性を見抜くことが出来ます。

また、健康食品の適性や、禁忌となる病気、時期などについて参考にすることが出来て便利です。

健康食品の信奉者は、その製品はどんな場合でも誰にでも良いもので、飲めば飲むほど良いと思いがちですが、これは大きな間違いです。

手元にある『薬性能毒』より、身近な生薬についての項目中、毒性についての条文だけいくつか引用してみます。

胡麻→常ニ用ヒ食スレバ冷病ヲ生ジ声ヲ損ズ。牙歯ノ疾脾胃ノ病アル人ニハ忌ム。

生姜→夜生姜ヲ食ヘバ気ヲ閉ヅ。多ク食ヘバ心気ヲ傷リ智ヲ少クス。八九月(旧暦)ニ多ク食ヘバ春眼病ヲ患フ。孕婦食スレバソノ児手足ノ指多ク生ズ(生姜の産地には多指症が多いそうです)。夏ハ食シテ汗ヲ散ズ。秋食スレバ気ヲ走ラカシ肺ヲ瀉シ命ヲ損ズ。久シク食スレバ熱積リテ目ヲ患フ痔ヲ病人酒ヲ兼テ姜ヲ食ラヘバ立地ニ発ル癰ヲ患ル人食ヘバ悪肉ヲ生ズ。

紫蘇→表虚シテ自汗アリ脈沈細ナルニ、中焦虚冷ノ人ニ忌ム。紫蘇ハ性ハツヨカラネドモ散ジ下ス力ツヨキ故ニ虚冷ノ人ニ用レバ腹瀉シテ止難シ。

蜂蜜(生薬として用いる蜂蜜は食用蜂蜜とは同一のものではありません)→多ク食スレバ湿熱トナリ虫ヲ生ズ。小児二尤トモ忌ム。七月ニ生蜜を食スレバ霍乱瀉下ス。

また、お酒を飲む人に良いとされている欝金(ウコン)も、『薬性能毒』には毒性の記載がありませんが(ガジュツは記載されています)、妊婦、心臓の弱い人、虚証の人には禁忌となっています。

禁忌の生薬・食材を特に知りたい方は、曲直瀬道三の『宜禁本草』や『日用諸疾宜禁集』などが参考になるでしょう。

以上のように、健康食品だけでなく、通常の食用に供される物であっても、禁忌となる場合がありますから、本草書の知識を少し持っておくだけでも随分助かると思われます。

確かに、中には現代人の感覚から見て不可思議な記述もないわけではありませんが、それらを差し引いても、本草書の持つ価値は、月日の試練を経たという点で、耳を傾けるべきもの多大と言えましょう。

ただ、生薬には“修治”というものがあり、現代風に言うと“方剤学”とでもなりますが、要するに生薬をどのように加工して用いるのかによっても、効き方が変わってくるので、注意が必要です。

例えば、附子(トリカブトの根)は漢方では良く使われますが、生で用いる場合と焙じた場合とでは薬効が違うとされていますし、現代のように成分抽出の技術が複雑化している時代では、同じ原材料でも、結果としての効果効能が違ってくる可能性もあります。

その辺りも考慮する必要があります。

また、当たり前ですが、東洋に元々存在しない生薬を原料にした健康食品も少なからずありますから、中国の本草書だけを頼っていてもいけません。

地方の原住民などが用いている生薬を原料とする健康食品の場合、実際にどのように用いられているのかを調べるのが良いでしょう。

ノニジュースのノニ(ヤエヤマアオキ)も実際にハワイの現地人が用いるのは外用薬としてであるようで、飲用ではないことに注目すべきです。

以上、本草書を学習することの有益性をご紹介致しましたが、『本草綱目』は大部で、揃えると置き場所も購入費もばかにならない等の難点があり、また読解には東洋医学に関する基礎知識が不可欠であることから、必ずしも気軽に取り組める訳ではありません。

しかし、本当に自分の為になる勉強がしたいのであれば、挑戦する価値はあると思います。

2007/03/10

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