一物全体

「一物全体」というのは、生命体は絶妙なバランスの上に成り立っているもので、その生命体を構成している個々の栄養素も絶妙で繊細なバランスをもって分布しているために、野菜なら皮ごと丸かじりするというように、全体を残さず食べるのが、もっとも健康に寄与する食べ方であるという考え方で、身土不二とともに、食養理論の重要な要素となっています。

別項でも述べてありますが、7番目の栄養素であるファイトケミカルは抗酸化作用という大変大事な働きがあるのですが、植物の表面にもっとも多く含まれていますから(紫外線から身を守るためです)、一物全体の食べ方は非常に大切です。

長寿で知られる沖縄の秘密を、豚肉に求める人がいますが、残さず丸ごと食べるという「一物全体」の食べ方が特徴的であるのは、案外知られていません。

現在の日本の驚くべき平均寿命を支えている世代の高齢者の方々は、戦時中の貧しい時代、とにかくもったいないからと知らないうちに、理想的な「一物全体」の食べ方を実践していたのが、のちの長命の一要因になっていることは十分に考えられます。

当然、いくら「一物全体」が大切といっても、豚やマグロのような大型の動物は、一人で全部食べるわけには行きません(というか食べられません)が、この食べ方の重要な意味は単なる栄養素の問題だけではないのです。

食養家の「一物全体」の考え方に欠落しているのは、「一物全体食」は食べ物への感謝、自然の恵みへの感謝につながる食べ方であるという視点です。

食べ物への感謝、想いが大切なのです。

昔の人は、健康のために一物全体の食べ方をしていたのではありません。

自然の恵みを頂いていることへの感謝が根底にあるからこそ、食べられる部分を捨てることはできないというのを当然の感覚として実践していたのでしょう。

しかし、この「一物全体」の食べ方は近年では難しくなって来ています。

多くの村落共同体では、昔はお祭りや儀式の一環として、大きな動物を一物全体の食べ方で扱ってきましたが、今日の近代国家ではそのような習慣が崩壊していますので、一般の核家族ではこのような食べ方はできません。

もう一つは、言うまでもなく農薬の問題です。

当然野菜や果物の皮にモロに付着しますから、いくら抗酸化作用といっても皮ごと食べるのは危険です。

無農薬有機栽培のものを食べられる人以外は、完全に「一物全体」主義を貫いた食生活をするのは無理でしょうから、危険と思われる部位は除いて、可能な限り「一物全体」を心がけるのが賢明といえます。

食を考えることは農を考えることでもあります。

一物全体食が可能な農業生産を実現するために、農業従事者だけでなく、我々一般消費者も、食と農との関わりの重要性について、日々考えていかなければならないと痛感します。

以上、一物全体食の大切さについて述べてきましたが、特定の部分に有毒物質が含まれている場合(ジャガイモの芽のソラニンなど)はその限りではありません。

2007/02/06

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