「医食同源」は東洋医学ではない

“医食同源”や“薬食同源”という言葉は、既に人口に膾炙したもので、東洋医学の分野だけでなく、食品の世界でも至る所で目に付くようになりました。

特に食養の世界や健康食品の業界で広く用いられる傾向にありますが、本来の東洋医学における医学と食との関係について、古典を元に探索すると、随分おかしな解釈のようです。

中国最古の医学書である『黄帝内経素問』の「異法方宜論」には次のような記載が見られます。

「へん石(外科手術)は東方より来たり、毒薬(薬草療法)は西方より来たり、灸は北方より来たり、九鍼(鍼治療)は南方より来たり、導引按摩は中央より出ずるなり」

つまり

「海岸地帯である東方は、いうまでもなく魚介類を中心とした食生活であり、塩分過多になりやすいため、偏勝の気によって“腫れ物”を患い易く、それを治療するためにこの地方では外科手術が発達した。

山岳地帯である西方は、この地域で育った動植物が食事の中心になり、人々は鉱物毒を体内に取り入れ易いため、内臓の病気になる人が多く、その毒を下すために薬草を用いた漢方治療の原型が発達した。この地域は元来、豊富な薬草が見られる地域であった。

北方は寒冷地帯であり、野菜が育ちにくいため、いやおうなしに動物性の食事(乳、肉等)になる。すると内臓が冷え、お腹の張る病気になりやすい。それを治療するために灸治療が発達した。寒い地方であり、熱刺激を好んだのだ。

南方は高温多湿で、土地も肥沃であるため、穀物も良く実り、動物の内臓もよく食す。このような食事を続けると血行障害による病気が多くなるため、経絡を刺激する鍼治療が発達した。

中央の都市部では交易が盛んで、どこからでも食糧が入り、都市部ということもあり、食べすぎ、運動不足が多くなる。それらの問題に対処するためマッサージが発達した。」

という意味です。

各地方では、その風土に合わせた偏食を強いられますから、土地の人々の病気にも、その食生活の傾向に由来した疾病が多く現れてきます。

それを治療するために、それぞれの治療が発達したというのが、『黄帝内経素問』に見える医学と食の本来の関係といえます。

今日、この言葉が氾濫する原因となったのは、「薬事法」という壁に阻まれた健康食品業者が、法律をすり抜けて商売するために、「食も薬も元々は同じ。だから病気を治すには食品(頭に健康の文字がつきます)が大切」という風に大々的に宣伝したことにあります。

薬事法のために、効能効果が表記できないのは業者にとっては悩みの種で、良い製品を扱っている会社には少し気の毒な気もしますが、東洋医学の思想を曲解してまで宣伝に使おうとは許されざる学問への冒涜です。

「偏食による病気に応じた治療法の発達」が、本来の東洋医学と食生活との関係なのですから、特定の健康食品の摂取を推奨するための文句としては意味が正反対で看過できないものがあります。

もっとも「医食同源」という言葉そのものは、1972年のNHKの料理番組において新居裕久医師が発表したのが最初のようであり、ご本人の定義は、まさに今日広まっている意味そのものであって、定義上はこの言葉を用いた健康食品の販売をするのは問題ないのかもしれませんが・・・。

「薬食同源」という言葉が、古来よりの中国の思想と解説する人もおられますが、古典とは無縁の、比較的最近になって造られた造語であり、時折水商売の人間が用いる「医水同源」などというお里の知れる下品な四字熟語も同様です。

「薬食同源」や「医食同源」という言葉が、中国や韓国でも使われているようですが、日本からの逆輸入に過ぎず、東洋医学の古典には見当たりません(ご存知の方はご教示下さい)。

江戸時代の名医・吉益東洞は、「食とは命を養うものであり、薬とは病気を治すものである」と言っており、病いを生じさせるのは食にあるが、病いは食では治せないという意味の言葉を残しています。

勿論、明代の『食療本草』唐孟顯著のような書物もありますが、東洋医学全体として考えれば、或る病気に対して、摂取して構わない食品、禁忌となる食品、という風に、どちらかというと消極的なニュアンスの記述であり、今日の食養生のように、食だけで病気を治してしまおうという筆法は用いられていないようです。

「医食同源」という言葉を利用した薬事法対策、健康食品の宣伝を見るたびに、孫引きでない本物の古典の読解の大切さを痛感する今日この頃です。

2007/02/03

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