低体温本を斬る!

「冷えは万病のもと」などと言いますが、最近はこの低体温症について書かれた本が結構売れているようで、健康本の枠を超えて、ベストセラーになっている本もあるようです。

ベストセラーにロクな本は無いと堅く信じている私には、どうせ単なる一過性のブームに過ぎず、読むだけ時間の無駄と無視を決め込んでいましたが、医学統合研究会に低体温についての記事の依頼が来たので、我関せずを貫き通すことも出来なくなり、図書館で本を探してみました。

目下、一番売れているのが齋藤真嗣医師の『体温を上げると健康になる』でしたが、新しい本は予約待ちで半年以上かかりそうな気配だったので諦めて、石原結實医師の『体を温めると病気は必ず治る』を借りてきました。2003年の発行とあるので、一過性のブームにしては長く続いていると知り、少し驚きましたが、本当に驚くべきはその内容だったのです・・・。

近頃忙しくて、読む本をかなり選んでいた事もあり、最近はそう酷い本にはお目に掛かりませんでしたが、石原結實氏の本は、驚愕の内容でした。

殆ど至る所に不可思議珍妙な記述が溢れかえっている迷著なのです。

奥付を見ると2003年4月の初版から僅か5ケ月で、ナント22刷となっており、かなりのペースで売れていることがわかります。

これほどのトンデモ本なのだから、2ちゃんねる等ではきっとサンドバッグ状態に違いないと、少し検索してみましたが、私の探し方が足りなかったのか、批判的な文章は殆ど見当たりませんでした。

となると、私の鑑識眼が既に重篤な難病にでも冒されているのかしらんと不安になりましたが、ここは自らの眼力を信じて、この珍妙な駄本を分析してみたいと思います。

以降、本文からの引用は太字で表記します。

落語に「葛根湯医者」というのが出てくる。

患者が「風邪をひいた」とやってくると「それなら葛根湯だ」、「下痢をした」と訴えても「はい、葛根湯」、「湿疹ができて大変だ」と訴えると「やっぱり葛根湯」と、葛根湯しか処方しない江戸時代の医者のことである。それでいて、ほとんどの病気を葛根湯で治すというのだから、葛根湯医者もバカにはできない(14P)

少し教養のある人ならご存知と思いますが、此の話の最後のオチは、付き添いで来た人にまで「まあ、いいから葛根湯をお飲みなさい」と、誰にでも葛根湯を飲ませるという藪医者の話であり、葛根湯で何でも治す名医の話などではありません。

確かに葛根湯は風邪以外にも汎用性の高い薬ではありますが、漢方ですから証に合わせて用いないと効かないのは当然であり、やはり葛根湯医者は藪医者とする普通の見方が正しいでしょう。

それが、石原結實氏の本では、含まれる生姜の偉大さを強調したい為に、都合よく歪曲して使われています。石原医師に何か持論があって、あえて葛根湯医者を名医としたいなら、本来の落語の意味とオチくらいは、読者の為に提示すべきでしょう。

19ページには

なぜ心臓と脾臓にだけはガンができないか

と書かれていますが、少ないながらも心臓には横紋筋肉腫や血管肉腫などが存在し、脾臓の癌も稀ながら存在します。

ついでに説明すると、「癌」と「がん」は細かく言うと定義が違い、「癌」は上皮細胞に出来る悪性腫瘍であり、「がん」は血管や筋肉などから出来たものであり、これから行くと心臓は筋肉なので、定義上「癌」が出来ないに過ぎません。

「心臓ガン」と「脾臓ガン」というのは聞いたことがない(20ページ)

と堂々と書かれている石原医師のドクターとしての資質が疑われます。

28ページでは、運動不足が体を冷やすと散々書いておきながら

頭脳労働者の中に、ほとんど肉体運動をしないのにかなり長生きしている人が多いのは、脳細胞の活動による産熱量の促進が一因と考えられる(31ページ)

と、一体何が言いたいの?と首を傾げたくなるような真逆の記述が随所に見られるのも、この本の特徴です。

同様に、何度もガンは陰性体質の病気だと書いておきながら

陽性体質の人は体が温かく、それゆえ体もよく動き、陽気で食欲も旺盛なので元気いっぱいの半生を過ごすが、一方、食べ過ぎてガン、脳梗塞、心筋梗塞などの欧米型の病気にかかって早死にする人も多い(78ページ)

などというふざけた記述もあります。

なお、脳梗塞も心筋梗塞も、87ページでは冷えが原因の病気に分類されています。

漢方医学では2000年以上も前から、食べると体を温める食物を「陽性食品」、逆に体を冷やす食物を「陰性食品」として、病気の治療や健康の増進に利用してきた(33〜34ページ)

そんな事実は全くありません。そもそも食品について言うなら、其の時点で「漢方」ではないのです。陽性食品や陰性食品などという分類は、明治期の石塚左玄やその系譜である桜沢如一などの分類であって、一体2000年前のどの文献に出ているというのでしょうか?うそを書いたのか、単なる無知のなせるわざか、どちらにせよ、いい加減な記述です。

漢方医学的には、2000年も前から「万病一元、血液の汚れから生ず」として病気の原因を特定している(50ページ)

だから、そんなの何処に書いてあんの(笑)

石原結實氏は、漢方医学をウリにしている節が文章の端々に見られますが、漢方を少しかじった程度の私にさえ判別できるようなレベルの低い記述が目白押しなのも本書を読む楽しみの一つです。

筆者は盛んに生姜を勧めていますが、人参も同様に温める作用があるとして人参ジュースも勧めてきます。

漢方の陰陽論でも、赤い色をして硬い根菜類のニンジンは体を温めてくれる(74ページ)

まさかとは思いますが、石原センセイ、漢方で使う人参と、スーパーで売ってる人参を同じ物と思っているんじゃないでしょうね(!?)

生薬の人参はウコギ科の植物であり、野菜の人参はセリ科ですので、全く別の植物です。

漢方医学では、この「気・血・水」の流れが悪くなると疾病が起こるとされているのだ(88ページ)

「気血水」を東洋医学の用語と思っている人が多いようですが、「気血水」の医学は、万病一毒論を唱えた吉益東洞(江戸時代中期)の息子の吉益南涯(華岡青洲の師に当たります)が、父親の学説を補強するために唱えた理論であり、それ以前の書物には此の言葉は見当たりません。

ですから、「気血水」は、個別には古くからある概念でも、これらを三位一体にして表現する用語は、本来の東洋医学の概念ではないことを知っておいて下さい。

まぁ、「漢方」という言葉自体が、日本の江戸時代中期に古方派が台頭する中で登場した日本独自の造語ですので、石原医師がここで言っている「漢方」はひょっとしたら吉益南涯を指しているのかもしれません・・・そういうことにしておきましょう。

ですが、本書全体を通観するに、石原結實氏の漢方理論は吉益南涯の理論とは、似ても似つかないもののようです。

また、全編を通して流れる石原医師の生姜賛歌は、異常な熱がこもっています。

漢方の原点というべき書物『傷寒論』に、「(生姜は)体を温め(血流をよくし)、すべての臓器の働きを活発化させる。体内の余分な体液(水の滞り)をとり除き、気を開き(気の滞りをとる)…」と記されてある(90ページ)

『傷寒論』をテキストに漢方を勉強した人間として断言しますが、上記のような記述は『傷寒論』の何処にも在りません。ですから、これは完全に石原結實氏の創作ということになります。

もし、そうでないとすると、上記の記述が存在する異本(古典はすべてそうですが、伝写の誤りや、注釈の本文への混入によって様々に異本が生まれます)が石原結實氏の手元にあるということでしょうか・・・本当なら大発見でしょうが・・・

しかし、生姜に限りませんが、ある特定の食品を過剰摂取すると、何らかの問題が生じる可能性は大いにあります。95ページには生姜を避けるべきタイプの人について列挙されていますが、これらに当たらずとも、単一の食品を長期間に亘って大量に摂取することは決して望ましい結果を生みません。

ましてや、生姜は漢方の方剤にも頻繁に用いられるものであり、食品というよりも生薬に近い位置づけをすべきものにも思えます。

また、孫思?(581?−682)の『千金方』には、生姜は妊娠禁忌の薬であり、妊婦が食べると多指症の原因になると書かれていますから、やはり慎重に用いるべきと思われます。

続いて142ページにも素晴らしく香ばしい一文があります

胸やけの改善には、胃酸を中和するアルカリ性食品をとること

アルカリ性食品は、燃やした灰がアルカリ性を示す食品であり、胃酸を中和するようなものではありません。

もし、胃酸を中和するような食品があれば、ヤバイことになってしまうでしょう。

胸焼け程度で済めば良いですが・・・。

また、146ページ〜149ページでは、便秘も下痢も冷えの病気にされてしまっていますが、便秘は漢方で言えば、例外もありますが、陽に属する病気です。

発汗剤などは勿論禁忌の証なのですが、石原医師はきっと温めるのでしょうね・・・。

とまぁ、全編こんな感じで頭の痛い記述が続く本です。

著者は、おもいっきりテレビにも何度も出演しているということですが、ここからもあの番組が如何に出鱈目な情報を垂れ流しているかが判るというものでしょう。

2009/04/10

トップへ