酵素反応を促進する水は危険か?

水の善し悪しを判断する方法としてよく用いられるものに、電子スピン共鳴法(ESR)を用いて、検体の水が活性酸素であるスーパーオキサイドアニオンラジカル(O2・−)を消去する力をどの程度有しているかを調べるSOSA(Superoxide Scavenging Activity=スーパーオキサイドの消去活性)測定というものがあります。

この測定は、活性酸素を消去する酵素の働きが円滑に働くかどうかを見る「酵素反応力」のテストであり、活性反応を見る酵素としてSOD(スーパーオキサイドジスムターゼ)が用いられます。

SODは1969年にマッコード(J.M.McCord)とフリードヴィッチ(I.Fridovich)が発見した抗酸化酵素で、スーパーオキサイド(O2・−)のみを選択的に還元して酸素や過酸化水素にする働きがあり、どの金属を構造の中心とするかによって、銅-亜鉛SOD(Cu/Zn-SOD)、鉄SOD(Fe-SOD)、マンガンSOD(Mn-SOD)の三種類に分類され、人間の場合、銅-亜鉛SODとして最も多く存在します。

良い水は、このSODの働きを促進し、活性酸素を消去する触媒としての能力が高い為、その水の力を確かめる方法として、SODの活性を試験するという事が重要視されているわけです。

ところで、活性酸素と言えば、スーパーオキサイドだけでなく、他にヒドロキシルラジカル(HO)や過酸化水素(H2O2)などがありますし、フリーラジカルという括りで見渡せば、実に多くの、高い反応性を持つものが存在するのに、何故スーパーオキサイドの消去能を基準にしているのでしょうか?

ヒドロキシルラジカルは、活性酸素中もっとも反応性の高いラジカルで、生体に深い関わりを持つアミノ酸や金属イオンとの反応性がとりわけ高く、特に脂質を毒性の強い過酸化脂質に変成させる作用の強いものです。この反応は、活性酸素が脂肪から水素を引き抜くことにより、過酸化ラジカルを生じさせ、その過酸化ラジカルは別の脂肪から水素を奪い取り、自身は過酸化脂質に変成するというもので、過酸化脂質により水素を奪われた脂肪もまた別の脂肪から水素を引き抜き、連鎖反応的に過酸化脂質を生み出していく…このようなドミノ倒し的連鎖反応により、最終的には細胞死を招くという恐ろしいものですが、このような反応性の高さにおいては、スーパーオキサイドはヒドロキシルラジカルには及びません。

活性酸素の消去能の指標としてスーパーオキサイドのみを還元するSODが用いられるのには、主に二つの理由によります。一つは、スーパーオキサイド自身はさして反応性の高いものではないのですが、スーパーオキサイドは過酸化水素との反応により、最強の活性酸素であるヒドロキシルラジカルを生じるなど(ハーバー・ワイス反応)、連鎖的反応により更に反応性の高いラジカルを生じさせる引き金になることから、スーパーオキサイドを基準に考えた方が良いという訳です。二つ目の理由は、ヒドロキシルラジカルは反応性が高い分、スーパーオキサイドと比較して、より不安定な存在のため、選択的に測定するのが難しいためです。現在ではスピントラッピング法の確立により、ヒドロキシルラジカルの測定も飛躍的に進歩しましたが、第一の理由と合わせて、スーパーオキサイドを選択的に消去するSODの酵素活性を見るという方法が基準となっているようです。

さて、今まで見てきたような酵素反応力を基準に、水のポテンシャルを評価するというアプローチに対しては、次のような批判がなされています。

「活性酸素の消去能が高い水が健康に良いなどというが、活性酸素が、体内で有益に働いている面がある以上、活性酸素の消去を強力に行うような水が、必ずしも良いとは言えないのではないか?また抗癌剤や放射線治療のような治療法は、意図的に活性酸素を発生させることで、がん細胞を攻撃するのだから、もし活性酸素を強力に消去してしまうような水を治療中に飲めば、治療効果が相殺されてしまうのではないか?」

「酵素反応力というが、健康を維持して行くには活性化されては困る酵素も沢山ある。都合よく、人間が活性化して欲しいと望む酵素だけを選択的に応援してくれるはずがない」

なるほど、もっともな批判ではありますが、以下、まず第一の批判から検討してみましょう。

活性酸素は、健康産業によって細胞毒性という面ばかりが強調され過ぎて、疾病や老化を齎す「諸悪の根源」であるかのような汚名を着せられてしまっていますが、実際にはこのような側面以外に、私たちの体内で主に二つの有益な役割を果たしています。

一つ目は、生体防御に活性酸素が用いられる場合で、体内に病原菌などが侵入して来た場合、好中球やマクロファージなどの食細胞がこれらを異物と認識して取り込み、取り込んだそれらの病原体を殺傷する際に活性酸素が使われる ── つまり、ここでは疾病の原因ではなく、外敵排除により、活性酸素は疾病の予防に役立っている訳です。

二つ目は、私たちを含め、好気性生物のエネルギー代謝に必要不可欠な活性酸素の役割です。私たちは摂取した食物を分解する過程で、活動のエネルギーを得ており、細胞中のミトコンドリアにおいて、アデノシン三リン酸(ATP)というエネルギー物質が作られるわけですが、ミトコンドリア内で行われる反応中「電子伝達系」と呼ばれる過程において、活性酸素によって電子の引き抜きを行ってもらわないと、ATPは合成されないのです。つまり、活性酸素の働き無しには、私たちは生きていくことが出来ないのです。

上記の理由から、活性酸素の消去能が高いということは、活性酸素が持つこれらの有益な働きも阻害されることになるため、そのような水を飲むということは、必ずしも私たちの健康に良いとは言えないのではないかというのが、第一の批判の立場と言えましょう。

しかし、そう決め付けるのは早計です。何故なら、私達は「理想とする水」を基準に進化して来たのであって、生命が先にあって水が後から生じたわけではないのです。

確かに、体内で発生した全ての活性酸素やフリーラジカルを消去してしまうような水なら飲用すれば私達は忽ち死を迎えるほか無いでしょう。しかし、私達は本来活性酸素を消去する抗酸化酵素の働きを妨げないような水を飲むように造られているのです。つまり、現在我々を取り巻く“死んだ水”の方に問題があるのであって、理想とする水の活性酸素消去力からみて、反応力が低下していると見るべきではないでしょうか?つまり、ある種の活水処理を行って活性酸素を消去する力が向上した場合、それは酵素反応力が“向上した”のではなく、本来の力を取り戻しただけということも出来るでしょう。

SODに対する反応力を調べる電子スピン共鳴法において、SODの力が100%発揮されていることが確認できれば、まともな水であると言え、結合構造の整った特に良好な水の場合は110%〜120%程度の値を示すものもあるのですが、私の知る限り、この数値を大幅に上回るような水は見たことがありません。体中の活性酸素を完全に消去するような猛毒の水なら、この測定法においても従来知られているような数値を遥かに上回る結果が出るのではないでしょうか?私はこんな水は存在しないと考えますし、人工的な活水処理で、このような水を作り出すことも不可能だと考えます。

また、第一の批判において、抗癌剤や放射線療法の効果を損なう可能性についての指摘がありますが、私は従来の癌治療の理論的根幹、つまり「癌」というものに対して現代医学が作り出した基礎理論の正当性について大いに疑問を持っています。詳述は避けますが、そもそも、従来行われている癌治療の殆どは、あまり良い成果を挙げているとは思えません。外科的治療においては、病変部を切除するだけですから、元々その病気を発生させた体は、臓器を切除されたということ以外には何の変化もない訳で、根本的に患者が抱える問題を解決するには程遠いと思いますし、結果として発生した癌細胞を盲目的に攻撃する以外にない放射線治療や抗癌剤治療も、まったく的外れなもののように思われてなりません。抗癌剤は分子標的薬剤の発達によって進歩しているように言われていますが、延命効果が少し伸びただけに過ぎず、患者の死亡率は、少し長いスパンで見た場合、従来の抗癌剤とほとんど変わらないという事実はあまり知られていないようです。癌治療は著しい進歩を続けているということになってはいますが、癌で死ぬ人間は一向に減らないどころか、むしろ増え続けているようにしか見えないという矛盾は、癌に対する現代医学の基礎理論の重大な欠陥を物語っているのではないでしょうか。大量の活性酸素を無理やり発生させて癌細胞を叩くというやり方は、どう考えても賢明な方法とは思えません。

次に第二の批判を検討してみましょう。

酵素には、活性酸素を消去する酵素だけでなく、当然、様々な働きをするものが数多く存在します。たとえば、コラゲナーゼやエラスターゼは、共に結合組織であるコラーゲン、エラスチンを分解してしまうので、これらの酵素が選択的に活性化された場合は、当然望ましくない結果を齎すことになります。しかし、第一の批判で考察したように、私たちは酵素反応を促進する水に合わせて自らの体を進化させてきたのであって、ある特定の酵素の働きのみが促進されて、我々を害するなどということはあり得ないと考えるべきでしょう。

ここで、思い返して頂きたいのは、多元素や微生物を考える際に重要視される「群」という捉え方です。生体内での化学反応は、様々な要素が絡み合った超複雑系であり、ある要素は、また別な要素との関係においてのみ正しく働くという関係がある以上、酵素もその例外ではあり得ず、分解や合成といった諸反応も、すべて同時進行的に行われるものです。それらを支配する法則が何なのか、現時点ではよく分かりませんが、「神の見えざる手」とでも言っておきましょう。

「群」というこれまで見てきたことに共通する視点と、「神の見えざる手」という観点から考えれば、酵素反応を促進する水を私たちが摂取するということの意味は、自ずから明らかになると思います。生体内の酵素反応は、個別の酵素反応の算術的合計ではあり得ず、それらの真実は我々の知恵の遠く及ぶところではありません。科学者という職業にあっては、それらを可能な限り細分化して、出来るだけシンプルな実験系を作って研究を試みるのは当然なのでしょうが、それでは、人体内の現象を本当に理解することは困難でしょう。

2007/03/27

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