あるある大辞典と捏造問題

今年2007年初頭に起こった人気番組「あるある大辞典」の捏造問題は予想を超えて、大きな事件に発展しました。

はなっから健康番組など相手にしていない人々は「何を今更…」という感想を持って当然でしょうが、マスコミに踊らされ続ける一般視聴者は大きな衝撃をもって、この事件を受け止めたことは間違いありません。

1月21日の読売新聞には怒り心頭の視聴者の声が載っています。

主婦(38歳)「子供たちと毎日食べるようになったのに、ひどい」

アルバイト女性(19歳)「納豆が嫌いだけど、効果があるというから買いだめしてしまった。番組は嘘をつくな」

等々、お怒りの様子が文面からも伝わってきます。

が、正直言ってこのような意見は考え違いもはなはだしく、一笑に付されるべき発言であるといわなくてはなりません。

番組がきっかけで、子供たちと毎日納豆を食べるようになったのは良いことではありませんか?

別に健康を害するものを宣伝したわけではないのです。

これがきっかけで子供が納豆好きになれば、将来の健康に寄与することは間違いありません。

何がいけないのでしょう?

アルバイト女性の発言はこちらの側が怒り心頭押さえがたいもので、嫌いなものをダイエット効果を信じて買いだめするとは、まさにフードファディズムの極地です。

食事制限も運動も面倒だから、「納豆さえ食べれば」の甘言に釣られて引っかかったのでしょうが、このような食べ方では食事本来の楽しみもありませんし、ましてや生命への感謝などあろうはずがありません。

大体、納豆ごとき高価なものではないのですから、自分で試して効果を判定すればよいだけのことです。

ちなみに管理人は子供の頃、納豆が嫌いでしたが、20歳の頃にテレビの健康報道に踊らされて食べ始めたところ、いつの間にか納豆が嫌いではなくなり、普通に食べられるようになりました(今でも好物ではありませんが)。

もともと納豆が好きな人はブームとは関係なく食べていて、効果など考えません。

イソフラボンがどうのとも考えません。

好きで長年食べ続けるから、健康にもなれるのであって、好きでもない納豆を薬と思って嫌々食べている人は、それを食物だと思わないし、苦痛でしょうから、続かないし、健康にも良くないでしょう。

そもそも何かを食べてダイエットをしようと考えることに無理があるのです。

鈴木その子風に言えば、

「食べたければ痩せなさい

やせたければ耐えなさい」

これに尽きます。

それに、たとえ納豆に痩身効果があったとしても、ダイエットすらまともに出来ない根気の無い人がキライな納豆を食べ続けられるか大いに疑問です。

今回の騒動で一つ疑問だったのは、番組で発言を曲げて報道された専門家が、捏造発覚後、ぞろぞろと発言し始めましたが、彼らはなぜ放送直後ではなく、はるかに時間が経ってから名乗りを上げ始めたのでしょうか?

仮にも専門家であるなら、このような捏造に自分が巻き込まれたなら、真っ先に名乗りを上げ、テレビ局を糾弾すべきでしょう。

今回の発覚が低俗な週刊誌の記事が発端となったことは、たまには低俗メディアも役に立つということだけでなく、日本の専門家の倫理観の欠如をも私たちに教えてくれました。

しかし、よくよく考えて見ると所詮民放のスポンサーは私利私欲を追及する大企業であり、コマーシャルさえ見せれば良いのですから、国営放送でもないテレビ局なら、捏造報道くらいしたってかまわないという、ひねくれた見方もできなくはありません。

番組はコマーシャルを視聴者に見せることが第一であり、視聴者に健康や医学知識を与える「啓蒙活動」という使命を担っているわけではないのですから。

流行に乗り遅れないというくらいのご利益はあるかもしれませんが、テレビの健康情報番組を見たって、なんら健康や医学の知識を手に入れることはできません。

「健康」が娯楽になった豊かな時代に、いくら効果があっても、地味で真面目な食養法などは取り上げても視聴率は取れないので、どこの番組でも真剣に扱おうとはしません。

つまるところ、「あるある大事件」はテレビ局ではなく、視聴者が招いたものといえるでしょう。

視聴者は簡単にできて、効果的な一品主義を好みます。

我慢や忍耐、長期にわたる継続を強いられるものは、たとえどんなに効果があっても敬遠されます。

そして何よりも問題なのは自分の頭で考え、情報を取捨選択し、実行するという手間を省き、メディアに価値判断を任せるという判断停止の姿勢でしょう。

それで不都合なことがあると全部他人に責任を被せて、自分が被害者であるというのですから、お門違いも大概にしてほしいものです。

その後も同様のいかがわしい内容の健康番組の減る気配がないのは、視聴者が「あれだけの事件の後だから次はもう大丈夫だろう」と思い、自分を賢くしようとはしないからでしょう。

結局、また同じような事件が繰り返される予感がしているのは管理人だけではないようです。

それにしても今回の大辞典ならぬ大事件で、一番被害を被ったのは、無知な視聴者ではなく、その視聴者に付き合わされた気の毒な納豆製造業者でしょう。

2007/02/14

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