年金問題は杞憂に終わる

マスコミの伝えるところによりますと、最近の年金の未払い、特に30パーセントを超えると云われる若年層の年金納付率低迷の根本原因は、少子高齢化という日本の社会構造の変化によって、最終的には納付しても将来は自分達は年金を貰えないはずだという思いがあるからだそうで、更には社会保険庁の不祥事や、発覚した政治家の未納問題などが、その傾向に拍車をかけているとのことです。

確かに、人口が増加し続ける中で整備された我国の国民年金制度が、社会情勢の変化に対応しきれなくなっていることは事実でしょう。

しかし、私は制度をどうこう弄ったところで、どちらにせよ今の若者は将来年金を貰うことはできないだろうと考えています。

今日、どんどん平均寿命が延び、今後も伸び続けるだろうと考えられていて、ある識者などは医学の更なる進歩により、平均寿命は120歳前後になるとの予測を立てていますが、私はまもなく平均寿命の延びは翻って急激な低下を見せ、高齢化社会から短命化社会へ移行するのではないかと考えています。

それは、現在、90歳、100歳といった長寿を体現している高齢者の方々は、戦前に若き日を過ごした人々であり、その多くは伝統的な和食生活を続けてこられた方々であって、劣悪極まりない生活を続ける現代の我々が、同様の、或はそれ以上の長寿を望むのは、ほぼ不可能と考えられるからです。

また、この御長寿老人の方々は、戦争をはじめとする過酷な環境下を生き抜いてきた、つまり凄まじい淘汰に耐え抜いた強靭な人々であるわけで、現在の半端な医療の恩恵で淘汰を免れ、半病人のまま成長したような私達とは土台の生命力からして違うと見るべきでしょう。

医療の進歩が、平均寿命の延びに貢献している面があることは否定できませんが、それは僅かな部分であり、その最先端の治療でさえ、アトピーをはじめとするアレルギー疾患や各種の成人病にはあまり成果を挙げていません。そのようなアレルギーや様々な疾病を抱えたまま、120歳などという長寿を達成するのは困難ではないでしょうか。

サイボーグのような体で延命するのでない限り、このまま生身の状態で、100歳前後の高齢を迎えることが私達に出来るでしょうか?

沖縄は昔から長寿社会として有名ですが、戦後の生活の近代化により、若年層はかなり短命になっていくはず、と予測する専門家は少なくありません。

古守豊甫先生の名著『健康と長寿への道しるべ』は、山梨の“長寿村” 棡原の長寿と食文化との関連性と、激変する食生活により若年層を直撃した近代病を克明に捉えて考察したこの分野の必読書ですが、この本が今日の高齢化社会に投げかけるものは多大でありましょう。

では、まもなく急激に平均寿命が低下するとして、それはどの程度まで低下するのでしょうか?

西丸震哉氏提唱の「41歳寿命説」はかなり極端だと思いますが、私は60歳程度には低下するのではないかと予測しています。現在日本の国民年金は65歳から給付されることになっていますから、これでは全く貰えないでしょうし、70歳位まで頑張ったとしても、元を取るのは困難でしょう。

上記の予想が的中したならば、否定的な意味で年金問題は解決されることになりますが、それに代わって登場するのは、医療費の著しい増大でしょう。

私は60歳説をここで提起してみましたが、60歳になった途端健康な人が突然ポックリ死亡するというのではありません。

総体としての健康の著しい悪化が、短命の基礎になるとすれば、死に至るまでに、様々な疾病や障害に悩まされるに違いないからです。

また、妊婦さんの食生活は胎児と直結していることから、先天性の障害を持って生まれてくる子供も増加することが考えられ、医療費だけでなく、社会保障の点でも、国家財政は著しく圧迫されると考えておかなくてはならないでしょう。

米国のような医療費の全額負担は、今後当然視野に入れておかねばならない問題ですが、これは医療費全額負担を説いて健康食品を売るような、“もう一つの健康問題”を発生させる引き金にもなるはずです。

所詮健康保険制度は、自分で悪くした体の治療費を他人に出してもらおうという制度、或は少なくともそれを助長する制度であるという厳しい見方もあり、医療費全額自己負担になったら、多くの人は健康を自分で管理する意識を持つようになるという利点はあるのかもしれませんが、本当に支援を必要とする重病人に対しては、やはり国家が負担すべきであり、その線引きを何処でするのかも難しい問題でしょう。

結局は、“自衛”が基本になってくるのでしょうが、一つ覚えておいて頂きたいことは、“自衛”とは、特定の健康法を実践したり、何らかの健康食品を摂取することではなく、まずは健康に対する基本的な視座を確立することであり、その上で自分に必要な事を実践し、欠けているものを補うという視点に立たなければ根本的な自衛にはならないということなのです。

2007/04/23

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