胎教の難しさ

胎教はお金のかからない最高の教育法だと言えるのですが、ある意味ではこれは大変難しいものでもあります。

何故なら、「本当の胎教」は知識や技術ではないからです。

確かに、マニュアライズされた胎教理論を実行することは簡単です。

部屋にモーツァルトをガンガンかけておくのも、絵本の読み聞かせを行うのも、イメージを使って胎児に無理やり学習させようとするのも、やり方さえ明確なら実行するのは容易いことです。

しかし、胎教の基本である「愛情」は、知識や技術で扱えるものではありません。

わが子に対して愛情を持つのは当たり前のことですが、本当の胎教を行うためには、何よりも母親自身が一人の人間として恥ずかしくない人格を持たなければならないのです。

ここを履き違えて「自分は愛情をもって子供に接している」と錯覚してしまうと、結局は「愛という名の暴力」「教育に名を借りた虐待」になってしまいます。

我が国の整体の草分け、野口晴哉先生は「子育ては親育て」と言いましたが、親が育たずして子は育たないということを、多くの親御さんにご理解頂きたいと思います。

「蛙の子は蛙」とまでは言わずとも、子は親に似るのですから、こうなってほしいという人間像に母親自身が近づかねばならない訳です。

普段から愛情を持って周囲に接することのできない人には理想的な胎教をするのはまず無理でしょう。

平素から、妊婦さんやお年寄りには電車やバスで席を譲るのが当然という人であれば、いざ自分が妊娠したときに理想的な胎教を行うのは簡単なことですが、「自分さえ良ければ」という戦後思想に毒された思考法しかできない人では、一所懸命胎教などしてみたところで、子供はロクな人間にはならないでしょう。

また、夫婦間の心の交流が適切であることも非常に重要です。

夫婦関係が上手くいっていなかったり、絶えずイザゴザがあるような環境では、妊婦さんが愛情を持って胎児に接するのに、良いはずがありません。

妊婦さんの情緒不安はそのまま胎児に伝わり、悪影響を与えることになります。

つまり、胎教は母親だけがするものではないということです。

胎児の父親や周囲の人々が妊婦さんと胎児に対して、愛情を以って接してくれることが必要ですが、そのためには妊婦さん自身が日頃から、そのように扱われる人間であることが大切なのは言うまでもないでしょう。

つまり「胎教の難しさ」というのは、畢竟「自分自身を磨く難しさ」ということであり、「子育ては親育て」の難しさであるのです。

2007/05/12

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