特効薬を批判する

現代医学の進歩は、これまで不治難治とされてきた多くの疾病の治療を可能にし、幾多の病人を救ってきましたが、それでもなお、多くの病気が現代医学を嘲笑うかのように存在しているのも事実です。

栄養状態と衛生状態の改善、抗生物質や様々なワクチンの発見開発は、人類が長年にわたり悩まされ続けてきた感染症を激減させることに成功しましたが、それは同時に生活習慣に起因する慢性病の時代の幕開けを告げるものでもありました。

そのような慢性病には最新の医学や技術も案外無力です。

また、旧来の感染症も、薬の乱用による薬剤耐性菌やウイルスが出現し始め、再び勢力を盛り返しつつあることが指摘されていますし、HIVやエボラ出血熱、中国に端を発した新型肺炎SARSをはじめ、人類が経験したことの無い新型の感染症も姿を現す有様で、時代は慢性病と感染症とが同時に流行する様相さえ見せ始めていることは本当に心配です。

このような事態を解決するために、各研究機関は莫大な予算を投じて、特効薬を開発することに躍起になっていますが、この「特効薬」というものをこの機会によくよく考えてみたいのです。

当会では、特効薬の開発そのものを批判するわけではありませんが、それが抱える問題点を十分に理解して扱わないと、後々別の問題が生じてくる可能性があると危惧しています。

一つは、患者さん自身の「気付き」のチャンスを、特効薬は恐らく完全に奪い去ってしまうことです。

まず、糖尿病を例にとってみましょう。

遺伝子の異常によるものやインシュリン依存型の1型糖尿病は別として、日本の糖尿病患者の95パーセントを占める2型糖尿病は、皆さんご存知のように運動不足や栄養過多の食事によって引き起こされる病気です。

しかも、長期間にわたる不摂生をしない限り罹らない病気ですから、ほとんどの糖尿病患者は「自業自得」であると言えます。

糖尿病は現在のところ完治しない病気とされていますから、多くの患者さんは特効薬の開発を待ち望んでいるわけですが、もし立所に糖尿病を完治させる特効薬ができたとしたらどうでしょうか?

当然、患者さんはこれ幸いとばかりに、思う存分食べたいものを食べ、ゴロゴロしだすに決まっています。

問題はここなのです。

人間は中々欲望には打ち勝つことのできない弱い存在です。

これまでお医者さんに言われて仕方なく、食べたいものを我慢し、面倒な運動を嫌々やらされてきましたが、宿痾である糖尿病が完治した以上は、もうそんなことに気を使う必要は無くなり、自分の思うような生活をしてしまうでしょう。

「糖尿病が治ったんだから良いのでは?」

と思う人もいるかもしれませんが、糖尿病は生活習慣病の一つに過ぎず、たまたまその人の生活習慣の蓄積が糖尿病という形をとって表出しただけであり、そのままの生活を続けていれば、癌や心疾患、脳血管疾患が待ち構えている可能性は大なのです。

糖尿病の特効薬で糖尿病が治った代わりに、その他の命に関わるような重病に罹ってしまっては、何のための特効薬かわかりません。

特効薬を飲むに値するのは、自らの生活習慣を改め、心を入れ替えて生きていこうとする人だけだと管理人は思うのですが、生活習慣を改められない人が罹るのが生活習慣病なのですから、特効薬を飲むに値する人がどれほどいるのかは甚だ疑問であるといえます。

しかし、糖尿病は患者とその家族の問題に過ぎませんが、これが感染症になると問題は深刻です。

いいかげんな人が薬を乱用したおかげで出てくる薬剤耐性病原体は、まじめに治療している人には迷惑千万な存在でしかありませんし、結局特効薬の開発がまた別の問題を引き起こすところなどは、生活習慣病の特効薬(できたらの話ですが)と大差ありません。

糖尿病の次はHIV感染症を例にとってみましょう。

HIV感染症は、流行の初期には同性間の性交渉や薬害エイズ事件として有名な血液製剤を介して、或いは麻薬常習者の注射器の使い回しなどで感染が拡大したことが知られています。

さすがに血液製剤を介しての感染は無くなったようですが、無防備な性交渉による感染は、教育の行き届かない貧しい国々、特にサハラ砂漠以南のアフリカ諸国で深刻化しています。

先進国では、教育の徹底によって、セーフセックスが普及してきたために、性交渉による感染は減少傾向にありますが、先進国中、日本だけは若年層を中心に感染が拡大しており、日本の若者の無規範な行動を象徴しているといえます。

仮に、HIVを完治させる特効薬が開発されたとしましょう。

そうなると、先進国で折角根付きつつあるセーフセックスの普及が逆戻りしかねません。

セーフセックスが普及しつつあるとはいえ、現代人の性行動は厳格なカトリックでなくとも悲鳴を上げたくなるほど無規範無秩序化しているのに、恐怖のたがであったHIVが撲滅されれば、危険な性行動を助長する可能性はきわめて高いと言えるでしょう。

HIVは数ある性感染症の中では、それほど恐ろしい病気ではありません。

感染力も強くありませんし、たとえ感染したとしても今や薬で発症を抑えることが出来る病気になっています。

梅毒や肝炎の方がはるかに恐ろしい病気のはずですが、一昔前のイメージが先行して、極めて恐ろしい死の病として実力以上の評価(?)を受け続けているようです。

HIVの撲滅が、危険な性行動を助長するようになれば、他の性感染症が爆発的な流行を見せることは間違いないでしょう。

一つの病の特効薬の出現が、それ以上に重大な事態を巻き起こすというシミュレーションの一例として心に留めておかれることは有益だと思います。

また、昨今人類が直面している病気のほとんどが人と自然との係わり合いの中で起きているように思われてなりません。

生活習慣病は、生命の有り難味を感じない罰当たりな食事の仕方によって、エボラ出血熱や新型肺炎などの感染症は、人間が神聖な自然に悪さをしてきたことと無関係であるはずがありません。

そのような「病気の真因」を無視して特効薬開発に心血を注ぐ人類は、あまりにも身勝手ではないでしょうか?

「病い」そのものを真摯に考えられないなら、治らない方が本人にも周りにも良いのではないでしょうか?

もう一度この「夢の特効薬」について皆さんも考えてみてください。

2007/04/07

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